コラム畑野旬自動車

自動車業界、震源地は欧州 〝環境問題〟に迫られる対応

日本の自動車業界に新たな“環境問題”が忍び寄っている。〝震源地〟は欧州だ。欧州議会は自動車に関し、これまでの走行時だけではなく、生産や廃棄まで含めて二酸化炭素(CO2)排出量を評価する検討に入った。こうなると、東日本大震災以降に原発が止まり、再生可能エネルギーの普及も道半ばの日本はつらい。国際競争力を保つ手立てはあるのか?

製造時に出るCO2も評価の対象に(写真提供:トヨタ自動車)

 欧州発のLCA規制とは?

「当社の『ヤリス』を東北工場で作るのと、フランスで作るのとでは同じ車でもフランスで作った方が(環境性能が)良い車になる。そうなると日本でこの車は作れなくなる」

 日本自動車工業会の豊田章男会長(トヨタ自動車社長)は昨年暮れの会見で危機感をあらわにした。

 菅義偉総理が表明した「2050年カーボンニュートラル」には「全力でチャレンジする」と語った豊田会長だが、胸中にあったのは欧州で議論が進むLCA規制に違いない。LCAは「ライフ・サイクル・アセスメント」の略で、製品の生産から輸送、使用、廃棄まで含めた環境評価のことだ。

 概念としては1970年代からあるが、評価技術が確立していなかったため、規制に採り入れられることはなかった。

 ところが、欧州委員会と議会、欧州連合(EU)理事会は2018年暮れにLCA評価の検討開始で非公式に合意。翌2019年3月には、EU共通の評価方法が可能かどうか2023年までに調べ、適切だと認められた場合は法制化することを欧州議会が承認した。

 電気自動車などに使われるバッテリーについては、すでに2024年7月からLCAベースでCO2排出量を申告するよう自動車各社に義務づけている。

 こうした動きを見越し、独フォルクスワーゲンなどの欧州勢は相次いでカーボンニュートラルを宣言し、取引先にもCO2削減を求め始めた。

 日本でも昨年末から今年にかけ「2035年までにCO2排出枠などを使わず製造時のカーボンニュートラルを目指す」(デンソー)、「2030年度までに全ての電動化部品をCO2フリーで作れるようにする」(アイシン精機)と大手サプライヤーが反応した。

 アイシン精機の伊勢清貴社長は「欧州のカーメーカーが『製造でCO2フリーじゃないとモノを買わないよ』ということに対する危機感が非常にある」と明かす。

迷走気味

 一方で「欧州の新たな産業政策が始まった」「ディーゼルで失敗し、日本のハイブリッド技術に追いつけないあせりだ」とみる向きも多い。

 欧州はもともと自国に有利な国際標準や規制作りに長けている。確かにLCAベースとなると製造時に消費するエネルギーが問われる。電源構成の9割近くを原子力や再エネが占めるフランスを抱え、電力融通も容易な欧州が有利になることは間違いない。

 日本から輸出する自動車や部品のCO2を減らすには結局、8割近くが火力発電という日本の電源構成をどう変えていくかどうかがカギを握ることになる。豊田会長は「これは国のエネルギー政策そのものであり、ここに手を打たないと、この国でモノづくりをのこして雇用を増やし、税金を納めるという、自動車業界のビジネスモデルが崩壊してしまう恐れがあることを皆さんに理解していただきたい」と強調する。

 ただ、肝心のエネルギー政策自体は迷走気味だ。政府は今夏、長期指針である「エネルギー基本計画」を見直す。焦点は2030年度における電源構成だ。

 現行計画では原発が全体の20~22%、再エネが22~24%、残りを石油や液化天然ガスなどの火力で賄う。カーボンニュートラルを目指すなら原発や再エネ比率を一気に引き上げる必要があるが、足もと(2017年度)では原発が3%、再エネで16%にすぎない。

 国内に54基ある原発の再稼働は進まず、再エネの拡大には、初期投資や「系統安定化」などの莫大(ばくだい)なコストを誰がどう負担するかという課題がある。

 CO2の回収・再利用技術や次世代蓄電池などの研究も進むが、実用化はまだ先だ。政府が電源構成を変えられないままだと、欧州発の規制をクリアできずに日本が誇る重層的な自動車サプライチェーン(部品の調達・供給網)が弱体化する恐れもある。

 自動車業界の国際競争はエネルギー政策を巻き込んだ新たな段階に突入する。

【筆者略歴】

日刊自動車新聞社 編集委員

畑野 旬 (はたの・じゅん)

1992年日刊自動車新聞社。完成車、部品、自動車流通、省庁担当などを経て現職。著書に「エコカー戦争」(洋泉社)、「HV、EV時代を勝ち抜く本」(日刊自動車新聞社)など。54歳

(KyodoWeekly3月8日号から転載)