コラムピックアップ国際竹沢総司

同業買収に向かう日系企業、ASEANの成長を取り込めるか

日本の様々な業種の中堅・中小企業が、シンガポールの現地企業を買収している。実務に徹して進められ、また、小さな都市国家であるため、業界外で一つのムーブメントとして捉えられることは少ないが、実際には弁護士事務所、会計事務所、M&Aコンサルティング業者、金融機関など仲介サービスを提供するプレーヤーもひしめき合っている。シンガポールで経済活動の取材を行う記者が、その背景や狙い、市場規模に着目する。

シンガポールの中小企業が密集するエリア(筆者撮影)

 企業買収という方法で、日系企業がシンガポールに進出する事例が続いている。

 現地の中小企業の中には、後継者不在という事情がある。シンガポールの建国は1965年。経済は右肩上がりで成長し、特に1990年代以降は飛躍的な発展を続けてきた。この好景気の波に乗って事業を軌道に乗せた経営者も多い。一方で、市街中心部には高層オフィスビルが建ち並び、アジアの代表的な金融街が形成されるなど、国際都市へと変貌を遂げたなかで、産業構造とともにシンガポール人の働き方についての意識も大きく変化した。

 オーナー企業では親族が経営を引き継ぐことが少なくないが、後継世代は創業世代とは理想とする働き方のイメージが異なることから、汗や油にまみれる現場を持つ業種などを敬遠し、事業を継ぐことを望まないケースが出ている。

小さな市場に大きな期待感

 日系企業にとってのシンガポールの位置付けは様々である。大企業には、東南アジア各国現地法人の統括機能を置いている企業が多く、シンガポールの利便性を享受しつつ、視線は周辺国に向いていることが多い。シンガポールの国土は淡路島ほどで、人口は約6百万人であり、インドネシア(約2億7千万人)、ベトナム(約1億人)、タイ(約7千万人)、マレーシア(約3千万人)など周辺国と比べても市場規模はかなり小さい。

 にもかかわらず、日系の中堅・中小企業が、あえてシンガポールの同業買収に向かうのはなぜだろうか?

 シンガポール国内においては、現地企業がこれまで展開してきた事業のあらゆる部分に、日本品質を付加して競争力を高めれば、たしかにシェア拡大、売上高の増加、経営体質の改善が期待できる。だが、ASEAN地域にはもっと大きな国内市場を持ち、今後も成長が見込まれる有望な国がたくさんあるなか、それだけではシンガポールを選ぶ理由としての説得力を欠いている。

 1つのエピソードを紹介したい。

 筆者のネパール人の友人が、2017年のネパール総選挙に立候補した。その立会演説会では、ライバル候補が「5年でネパールをシンガポールにしてみせる」と訴えていた。ネパールの選挙では毎度のことのようで、友人は「選挙のたびに、5年でシンガポールにすると訴える候補者が何人も当選しているが、5年経っても10年経ってもシンガポールになっていない」と反論していた。遠く離れたネパールですらであり、アジアの途上国がいかにシンガポールに憧れているか、感じられると思う。

 日本からシンガポール拠点に赴任し、周辺国に出張して営業活動をしている駐在員のなかにも、「日本からというよりも、シンガポールから来たと言う方が話を真剣に聞いてもらえる」と実感している人は多い。

 つまり、シンガポールは周辺国から注目され、ここで成果を示すことができれば、周辺国への展開がしやすくなる。この期待感も日系企業を引きつけているポイントではないか。

企業買収、シンガポールが起点

 企業買収には、全株式を一気に取得し、合わせて経営陣を一新する場合もあるが、3年程度かけて段階的に取得する契約を結び、完了までの間、創業者などが引き続き経営を担いつつ、新たに就任した役員・職員への、取引先との関係や実務の引き継ぎを着実に進め、より慎重に新体制に移行していくことも多い。

 それでも、買収は必ず成功すると決まっているわけではなく、目論見が外れることもあるが、現地で取材している実感としては、手応えを感じている企業も多いように思う。

 アフターコロナという新たな局面に入り、日本とシンガポール、シンガポールと周辺国間の往来もスムーズになってきた。仲介プレーヤーの増加とともに、仲介プレーヤー間の業務提携などの動きもあり、今後、日本の中堅・中小企業によるシンガポール現地企業の買収件数はさらに増えていく可能性が高い。そして、シンガポールを起点とした周辺国展開も含めて、成功・失敗事例が蓄積していくだろう。

 日本の中堅・中小企業は、上手く東南アジア成長を取り込み、事業の発展に繋げていくことができるのか。引き続き注目したい。

(Kyodo Weekly・政経週報 2022年7月11日号掲載)

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筆者略歴

シンガポール新聞 発行人・編集長

竹沢 総司(たけざわ・そうし)

1979年生まれ。大学卒業後、専門紙・誌の記者、編集者として勤務。2018年シンガポールに渡り、日系出版社に編集者として勤務後、19年シンガポール新聞社設立。シンガポール・日本・ASEANのシンガポール関係者に向けて、現地密着の取材力を生かした情報発信を続けている。

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シンガポール新聞社 (singaporeshimbun.com)

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