コラム国際戸村桂子

「一人も取り残されない地球を」現地日本人医師が見たミャンマーの10ヶ月

政情の混乱などで経済的困窮が続くミャンマーで、2015年から医者のいない村を巡回し、医療の提供と衛生指導を行っている医師の名知仁子さん。村人たちが経済的にも自立することが重要だと考え、家庭菜園の指導を行い、収穫した野菜を売って生計を立てるための支援も行っている。名知さんは今「ミャンマーの実情を知って欲しい。ミャンマーの人たちを応援して欲しい」と訴える。

村人に新型コロナ感染予防講座をする名知さん(2021年3月撮影) 「ミャンマー ファミリー・クリニックと菜園の会(MFCG)」提供

名知さんはヤンゴンからバスで西に6時間、アウン・サン・スー・チー氏の母親の生まれ故郷として知られるミャウンミャを拠点に16の無医村を巡回している。立ち上げたNPO「ミャンマー ファミリー・クリニックと菜園の会(MFCG)」は9周年を迎えた。

クーデターが発生した2月1日、名知さんのSNS「AM6:40頃、通信機能が途絶えた!全然情報が入らない中、孤児院にいる25人の子供たちに3食の寄付を行わせていただいた」。

名知さんの頭には、国境なき医師団の一人としてロヒンギャのキャンプに従事していた2004年の軍統治時代が蘇った。その不安通り、穏やかなミャウンミャでも軍の統治が始まり、市民たちは明日のことさえも分からなくなった。

追い討ちをかけた新型コロナ

混迷する市民に追い討ちをかけたのが新型コロナウィルスだ。5月には全国で1日数十人だった感染者数が急増し、7月には5000人を超えて町はロックダウンとなった(ロイター調べ)。

この頃、名知さんが巡回している15村のほぼ全世帯で風邪の症状が現れた。もちろん村ではPCR検査などない。そこで名知さんが村人の症状を細かく調べたところ、臭覚障害などがあり、新型コロナ感染の疑いが濃厚だった。

しかし薬を買うにも薬局はなく、ある村では小さな雑貨屋3軒が薬を販売していたが、クーデターの影響とロックダウンで物流が止まり、2軒は閉店。残る1軒にも薬は届かず、村人は薬草と限りある解熱鎮痛剤でどうにか凌いでいた。

拡大に歯止めをかけようと名知さんは感染予防講座を強化した。しかしマスクも石鹸もない。数量不足も理由だが、それ以前に村人には買う金がなかったのだ。

深まる経済的困窮

感染が急拡大する前からミャンマー の経済は低迷していた。クーデター以降、人流・物流が遮断され、あらゆる業種が打撃を受けて雇用環境も悪化していた。

一番煽りを受けるのが、人口の約70%を占める農村部の人たちだと名知さんは言う。村人たちの大半は日雇いで1日の収入は200円程度。日々を食いつなぐだけで精一杯だった彼らが、作業場の畑に行かれない、薪を買ってくれていた人が来ないなど収入源が絶たれた。

物価上昇も彼らの生活を圧迫している。通貨チャットが下落し、油などの輸入価格が上昇。

経済的困窮は、名知さんの周囲でも見て取れた。「牛が盗まれた!キュウリが盗まれた!村人たちが騒いでいる。1本3.5円のキュウリが買えないほど皆が追い込まれている」。

11月初頭、ミン・アウン・フライン国軍司令官が国民に輸入品である食用油やガソリンを節約するよう呼びかけたと言う。国連食糧農業機関は今後6ヶ月で数百万人が飢餓に陥ると7月時点で指摘しており、世界銀行も2022年初頭までに貧困率が2019年の倍以上になると予測している。

こうした事態に、名知さんは特に逼迫した3村に食糧支援をする計画だ。これまで作物の育て方は教えても作物そのものは渡してこなかった。それは一時凌ぎでしかならないからだ。しかし今回は違う。大人も子供も空腹と戦うことに必死なのだ。

しかし同時に、経済的自立の必要性を改めて感じ、菜園作りの支援をこれまで以上に進めるつもりだ。村人が費用をかけずに継続できるよう、身近にあるターメリックや木酢液を虫除けに使う農法を教えてきた。既にそれを実践してきた人の中には、農作物を売ることでほぼゼロだった収入が月に3000円の貯金ができるまでになった女性や、複数で共同菜園を営むことで月に5200円の利益を出している人たちもいる。名知さんはこの自立の流れを広げたいと考えている。

一方、日本にいる私たちに何ができるのか。最近では報酬目当てに軍事政権に協力する人も増え始めたと聞く。死活問題を突きつけられ苦境に立たされているのは一般市民だ。そのことを忘れてはならない。

筆者略歴

フリージャーナリスト

戸村 桂子(とむら・けいこ)

ドイツ語教員を経て、2001年からNHKの報道番組に携わり、2008年からは英語ニュース部門で主に経済リポートを世界に向けて英語で制作・発信している。

(Kyodo Weekly・政経週報 2021年12月13日号掲載)

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