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台湾の駐日代表、謝長廷氏が語る。平和こそが世界の「核心的利益」

 中国共産党の習近平は2012年に総書記の座に就いて以来、ことあるごとに「台湾は中国の核心的利益だ」と繰り返している。台湾は中国領の一部だという主張をめぐっては、譲歩の余地など1ミリもない、との強烈な表現だ。昨秋、総書記として異例の3期目に突入して権力の一極集中を加速する習近平だが、他方で、この「核心的利益」との主張を正反対の意味で展開する人物が現れた。台湾政府の駐日代表、謝長廷だ。

行政院長を歴任

台北駐日経済文化代表処代表との肩書をもつ謝長廷は、実質的に台湾駐日大使の役割を担っている。首相にあたる行政院長を歴任した大物政治家で、2016年から東京を拠点にしている。謝長廷はあえて習近平の主張には触れず、淡々とこう言った。

 「自由と民主主義、基本的人権を尊重する普遍的な価値や、法が支配する社会と国際法に基づく国際秩序を擁護する台湾も日本も、そして地球上の誰もが心から願うのは戦火にまみれることのない『平和』だ。これこそが世界の『核心的利益』ではないか」

 ロシアによるウクライナ侵攻を引き合いに出すまでもなく、武力行使による一方的な現状変更の試みを「核心的利益」として正当化する強権主義国家を戒め、軍事紛争を決して起こさせない「平和」への努力こそが国際社会に求められている、との主張だ。

 謝長廷がいわば習近平の主張を逆手にとった発言を始めたのは2023年の年明けからだ。おそらく前年末12月30日に習近平とロシア大統領、プーチンが行ったオンライン会談を意識したものだろう。習近平は「互いの『核心的利益』をめぐる問題で手を携えて外部勢力の干渉に抵抗せねばならぬ」と、プーチンとの共闘姿勢をアピールした。

 中国外務省は今年2月24日、ロシアとウクライナの仲裁案を公表した。核兵器の使用に反対し、双方に「停戦」を呼びかけ、3月20日には習近平が首都モスクワを公式訪問。プーチンと首脳会談を行った。

 戦略的協力と包括的パートナー関係進化に関する共同声明に署名し、米欧に対抗する姿勢を鮮明にした習近平とプーチン。強権主義国家を率いる2人にとって「和平」とは、振り上げた拳の落としどころとして停戦に持ち込むことを意味し、紛争のない「平和」な社会を実現するという意味ではなさそうだ。

 一方、謝長廷はこうも話す。「憲法で定めた平和主義の日本こそ世界平和のリーダーとして正々堂々、前向きに行動すべきとき。台湾もアジアも日本のリーダーシップに強く期待している」。この発言は5月の先進7カ国首脳会議(G7サミット)が念頭にある。

 G7で日本は唯一、アジアの国だ。世界最初の被爆地、広島で開かれるサミットにおいて、ロシアや中国のような強権主義国家から圧迫を受ける民主主義社会が、強い意思と行動への決意をG7こそが代表して、明確に伝える必要がある、と言いたげだ。

 かつて東西冷戦の時代、対立の最前線は東欧と西欧の国境線にあり、東西に分断され東ドイツ域内の都市ベルリンも象徴的であった。しかし米中対立の新冷戦が顕著になった現在、対立の最前線は地政学的に、台湾や日本など東アジアに移っている。

 台湾近海のみならず日本の沖縄周辺にも向け、空から海から、さまざまな軍事威嚇を強める中国、弾道ミサイルを日本海や太平洋に着弾させる北朝鮮、ウクライナ侵攻で残虐性をむき出しにしたロシアはいずれも、日本や台湾を取り囲む位置関係にある。

 台北生まれの謝長廷は、京大大学院留学を経て、台湾で人権派弁護士として名をはせ、蔣介石とその長男、蔣経国が台湾を強権支配していた時代から民主化を求める運動を続けてきた闘士だ。台湾初の野党結成も命がけで実現した。民主化を政権内部から成し遂げ、2020年7月に97歳で逝去した元総統、李登輝の後継者といっていい。

G7広島サミットを機に「平和こそ世界の『核心的利益』」への行動を日本に求める駐日代表、謝長廷の姿を現在、過去、未来の観点から描く拙書『謝長廷と台湾と日本』が今年4月22日、産経新聞出版から発刊される。お手に取っていただければ幸いだ。

(敬称略)

(Kyodo Weekly・政経週報 2023年4月10日号掲載)

筆者略歴

河崎眞澄(かわさき・ますみ) 東京国際大教授

日大藝術学部放送学科卒。シンガポール国立大留学。産経新聞で経済部記者、台北支局長、上海支局長、論説委員を経て、2022年4月から現職。著書に『李登輝秘録』(産経新聞出版)など。

書籍の紹介

 「台湾民主化の闘士 謝長廷と台湾と日本」

「平和こそ核心的利益」という私の考え方を文字化したのは本書が初めてだ。(謝長廷)

本書は、現・台北駐日経済文化代表処代表(=駐日台湾大使)である謝長廷という政治人物の来し方をさまざまな角度から描くことを通して、決して失ってはならない民主主義の貴重さを、日本や台湾、民主主義社会を求める世界の人々に訴えかけた一書である。好評を博した産経新聞連載「話の肖像画」に大幅加筆を施して待望の書籍化!

目次

第1章 福島食品は「核食」ではない!「福食」だ
第2章 駐日代表の歓喜と苦悩
第3章 安倍晋三暗殺の衝撃
第4章 日台100年の絆
第5章 李登輝と謝長廷
第6章 台北で生まれ育ち、いざ京都へ
第7章 台湾民主化の闘士、弁護士編
第8章 台湾民主化の闘士、政界編
第9章 今日のウクライナは、明日の台湾
第10章 台湾と日本と米国をめぐる国際関係

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