コラムテクノロジー田中徹

「仮想ヒューマン」に会いにいく ~進化するAIアシスタント

 音声でスマホや家電類を操作する人工知能(AI)アシスタントが普及しつつある。さらに進んだ次世代アシスタントとして、自然なコミュニケーションのできる人型のキャラクターAIが登場し始めた。東京のベンチャー企業が「バーチャル・ヒューマン・エージェント」(VHA)と呼ぶモデルを開発し、北海道の専門学校が社会での使用用途を探っている。うわさのバーチャル・ヒューマンに会ってきた。

人間と機械の橋渡し役

 ―「ここで写真撮ろうかな。ポーズとって」

 「こんな感じ」(と言ってポーズをとる)

 ―「もういっかい」

 「はいっ」(と言って笑顔をつくる)

 スマートグラスの中に広がる拡張現実(AR)空間で、初音ミクが自由に動きユーザーと対話してくれる。

 ユーチューブで公開されている︿KDDIチャンネル「バーチャルキャラクター × xR」(VR=仮想現実、AR=拡張現実、MR=複合現実などの総称)のいち場面だ。

 もともとはボーカル音源キャラクターである初音ミク。ここでは、表情を変えながら身振り手振りを交えたコミュニケーションを人間と取ってくれる。

 ARはスマートグラスやスマートフォンが映す現実世界に、CGなどデジタル情報を加えた世界。この初音ミクが特徴的なのは、現実世界の物体や風景、人を認識し、障害物を避けたりする点だ。

 この初音ミク、ベンチャーの「クーガー」(石井敦代表CEO)が開発したVHAという技術を使っている。

 同社は人気ゲーム「ファイナルファンタジー」シリーズの開発に参画しているほか、画像認識AIやブロックチェーン技術開発の国際コンペなどで上位に入賞した実績を持つ。また、上記のようなKDDIといったメーカーなどと提携し自動運転やロボット開発、xRなどの技術開発に取り組んでいる。

 東京・渋谷駅近くのビルにあるオフィス。モニターに女性のキャラクターが写っている。名前はレイチェル。冒頭の初音ミクの基にもなったVHAだ。そういえば、映画「ブレードランナー」のレプリカント(人造人間)も同じ名前だった。

 VHAは現在の音声が中心のAIアシスタントに続く、次世代AIアシスタントと呼ばれる。より人に寄り添い、エンターテインメントをはじめ生活や仕事で人間をサポートすることが期待される。

 石井CEOは次世代アシスタントを開発する理由をこう説明する。

 「近い将来、AIを搭載したIoT機器同士が大量のデータを超高速でやり取りするようになる。そうなると、人間と機械・インターネットとのインターフェース=橋渡し役が必要になる」

三つの条件

 石井CEOが実例として挙げるのが、ドローンレースの実況だ。高速で飛び交うドローンの状況を人間が把握することはほぼ不可能だ。2019年、シンガポール国立大学などが主催したドローンレース大会で、レイチェルはドローンが送信するデータをリアルタイムで分析し、レースを実況した。

 また、バーチャルな人型なのにも理由がある。物理的なロボットでは移動に制限がある。「身振り手振りや表情といった情報も伝わり、直感的な操作が可能になる」という。スマホでもPCでもスマートグラスでも、デバイスを問わないことも利点の一つだ。

 そんな人型AIアシスタントに、石井CEOが必須だと考える条件は三つ。親しみを感じやすいキャラクター性があること、人間や周囲の状況を深く認識できること、そしてデータやAIの信頼性を担保することだ。

 それを実現するのがゲームAI、画像認識、データの改ざんを事実上不可能にするブロックチェーン技術―。横断的技術を持つ同社ならではの開発だという。

 では、VHAは社会でどんな使われ方をするのだろうか。

 同社はレイチェルの開発キットを企業などに提供して実証実験を進めている。

北海道恵庭市にある北海道ハイテクノロジー専門学校。バーチャル・ヒューマンの開発を学ぶほか、ユースケースを探る

 5月、札幌のベッドタウン恵庭市にある北海道ハイテクノロジー専門学校にVHAのラボが設立された。学生たちがVHAの開発技術を学びながら、地元の企業などへのヒアリングや調査を行い、利活用策の提案まで行う予定だ。

 今野早紀恵さん(23)=ゲームクリエイター専攻=は「忙しいお母さん向けに、ベビーベッドと合体させたVHAで、赤ちゃんの健康管理などに使えたりしそう」と話す。同校の中田龍太ITメディア学科長は「学生とクーガーがつくったサービスが社会に役に立ったり、企業で活躍したりしたら面白い」と期待を寄せる。

 VHAが社会に溶け込む日も、近いのかもしれない。

[筆者略歴]

田中 徹(たなか・てつ)

北海道新聞デジタル編集委員。専門は、技術と社会、科学技術コミュニケーション。共・著書に「頭脳対決!棋士vs.コンピュータ」(新潮文庫)など。1973年、北海道小樽市生まれ、早稲田大卒

「株式会社共同通信社 Kyodo Weekly」 2020年8月31日号より転載