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天下分け目の天王山、台湾総統選は「米中の代理戦争」に

東京国際大学国際関係学部教授 元産経新聞台北支局長 河崎眞澄

不動産経済Focus & Research 2023.9.13掲載)

国内外の思惑が透けて見える総統選

 米国のバイデン政権と、中国の習近平政権による政治対立が一段と激化する中、4カ月後の2024年1月13日に迫った台湾の総統直接選挙を舞台に、事実上の「米中代理戦争」が熱を帯びている。与党、民主進歩党の候補、頼清徳(らい・せいとく)が支持率でトップを走り、安全保障面から親米路線を明確に打ち出している。最大野党、中国国民党の候補である候友宜(こう・ゆうぎ)ら3人が頼清徳を追う構図だが、いずれも経済利益や民族感情から中国との融和路線も模索するなど、複雑な状況が続いている。

 総統選を軸にしながら台湾をめぐる国際的な政治力学を俯瞰してみると、こうした現在の動きからは米中新冷戦の枠組みがくっきりみえてくる。かつて1991年まで続いた米ソ東西冷戦で対立の最前線は、東ドイツの「ベルリン」であったが、2016年ごろから深刻度を増してきた米中新冷戦では、この最前線が「台湾海峡」にあると考えると分かりやすい。米ソ東西冷戦がやや遠い世界で起きていたのに対し、米中新冷戦は日本にとって地政学的に、まさに自国に降りかかる火の粉になってきた。

 2021年12月、安倍晋三氏は台湾のシンクタンクが主催したシンポジウムで、「台湾有事は日本有事であり、日米同盟にとっても有事だ」と語った。2022年8月に中国が軍事威嚇のため、台湾周辺海域に11発の弾道ミサイルを発射したが、このうち5発までもが日本の排他的経済水域(EEZ)域内に照準を合わせ、意図的に着弾させていた事実を考えても、中国にとって日本は「仮想敵国」から、実際に「敵国」に格上げされたと判断すべきだ。日米の同盟関係も厳然と存在する。「台湾有事」はもはや始まっている。

 最前線の「台湾海峡」で、1800万人を超える台湾の有権者が直接投票する総統選は事実上、親米か対中融和か、二つに一つを迫る分水嶺になる。日米欧豪印など民主主義陣営は対中包囲網を狭める一方、中国は経済利益を餌に台湾での選挙介入も狙っている。これが民主主義陣営と権威主義陣営との「代理戦争」と考える所以である。そして、その先の2024年11月には次期米大統領選も控えている。一触即発の国際情勢の中で、もはや台湾の総統直接選は単なる「内政」とは呼べなくなってきたのだ。

「自然」な形での併合をもくろむ中国政府

 1971年に国連から追放された「中華民国」を国号とする台湾は、日米欧など、国際社会の大半から「国家承認」を得られていない極めて特殊な「地域」だ。にもかかわらず、民主選挙で選ばれた独自の政権が領土と住民を民主的に統治し、外交や防衛、金融や貿易など、自らの制度に基づいて運営する「法治国家」の形式を整えた。民主主義陣営の一員として、中国やロシア、北朝鮮など権威主義の国とは一線を画している。

 しかし、太平洋の西側で米国と軍事的に対峙し、海洋権益を広げようと考える共産党の中国は、地政学的に有利になると考えて台湾の併呑をもくろんでいる。自国領の一部だと主張し、武力による威嚇も含め、国際社会の反発を力でねじ伏せる意向で、これこそが「台湾有事」への懸念だ。しかし台湾に隣接する日本はもちろん、中国の覇権主義を強く警戒する米国は、共産党政権による東アジアでの一方的な現状変更を座視しないとして、いかに中国の領土的野心を抑え込むか、ギリギリの攻防戦を続けてきた。

 共産党政権にとって、最も望ましいシナリオは、台湾の総統選で中国に融和的な政権を誕生させ、住民投票で中国との統一を承認させる手法だ。日米との武力衝突は避け、国際社会から有無を言わさず、現地住民が望んだとの形をつくって台湾併呑を実現する。その意味から中国にとって、民主主義陣営の一角として親米路線を選挙戦の最重要戦術にした民進党の頼清徳は「敵」だ。一方、対中融和路線をとる国民党など、経済的利益を餌に、共産党側になびく可能性の高い3人の対抗馬は「駒」と映る。

 14億人の巨大な消費市場や、まだまだ安価で豊富な労働力を生かした製造業の立地、地下資源を含む投資のチャンスはまだなお魅力を失ってはいないし、その権益の一部を与える、との口約束で、共産党の中国は「駒」に迫っている。さらに「駒」が得るかもしれぬチャイナ権益に目がくらむ台湾の支持層も、少なくない。台湾の農民や漁民、軽工業の中小企業からみれば、中国大陸への輸出拡大はてっとり早い収益の確保になる。

 先祖をたどれば、数百年前に中国大陸から台湾に渡ってきた漢民族の血筋が、ときに優先される。民主主義陣営で国際社会に認められる立派な国家の建設という「明日の理想」よりも、まず自分と家族がおいしい食事をして、お金もうけができるという「今日の現実」のほうが、分かりやすい。伝統と文化を共有し、同じ言葉を話し、ときに考え方も近い漢民族どうしの関係だ。このところの不動産市況の急激な悪化を差し引いても、中国経済はなおプラスがあると判断する心情も理解できる。こうした台湾人の弱点を中国は熟知した上で、対中融和政策を訴える候補にカネが流れるしくみをつくってきた。

混沌とした選挙戦のゆくえはいかに

 2023年9月上旬の段階で、台湾総統選挙の候補者はまだ最終確定したとは言えないが、民放テレビ局TVBSが9月1日に公表した民意調査では、それでも日米欧豪など民主主義陣営との協調路線を強く打ち出している民進党の頼清徳の支持率が30%で首位だ。習近平の強権中国よりも、バイデンの自由米国の方がいい、と考える有権者がその過半だろう。一方で、中国との経済交流拡大も視野に、曖昧な政策しか打ち出せずにいる国民党の候友宜は19%。前台北市長の柯文哲(か・ぶんてつ)が23%であるのに対しても人気はないが、それでも有権者の5人に1人が、候友宜を支持している。

 もう一人、新たに無所属で立候補を表明した受託製造業大手の経営者、郭台銘(かく・たいめい)も13%の支持を得た。必ずしも米中で白黒つけられるわけでもないが、中国が「駒」と考え、この先の4カ月の選挙介入戦術を練っているなかで、3人の支持率合計が55%に達していることは、台湾の有権者の複雑さを示すと同時に、対中包囲網を狭めたい民主主義陣営にとっては頭が痛い。自由と人権、法による支配と民主主義という普遍的な価値観が、必ずしも投票行動の決め手にはならない、と考えられる。

 台湾では、日本でもよく知られる李登輝が政権を握った後、権威主義体制から総統直接選挙の導入などで民主化が進んだ。その最初の総統直接選が行われたのが1996年3月のこと。総統任期は米国と同じ4年であり、2024年1月は8回目となる。過去7回のうち、実は3回も政権交代劇が起きており、2期8年を超えて同一の政権が続いたことはない。現在は2016年に当選した蔡英文(さい・えいぶん)の民進党政権で、まもなく2期8年の任期を終える。ジンクスに従えば、政権交代が起きてもおかしくない。

 台湾の有権者は、当選した総統とその政権に短期的な結果をすぐに求めるせっかちな性分があり、同時に厭きやすい。高邁な政治の理想よりも、身近な金銭的な現実が魅力的だ。民主主義が社会に新風を吹き込んで四半世紀とちょっと、という状況下。軍事脅威を受けつつあるものの、危機感がいまひとつ深刻さに結び付かないなど、現段階においては混沌とした選挙戦が垣間見える。共産党中国と権威主義陣営に台湾を奪われたくない日米欧など民主主義陣営は、どのように台湾総統選を見守るべきなのか。台湾が舞台の代理戦争はまもなく決戦の時、「天下分け目の天王山」を迎える。

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