コラム大隅元文化

ヒットのカギは「わかりやすさ」 ~コロナ禍、出版業に潮流変化

 コロナ禍にあって「本」が売れている。読むだけではなく、「何かを発信したい」「本を書いてみたい」といった書き手の心理に動きが見え始めている。では、どんな風に書けば人々に伝わるのか。「わかりやすさ」を追求し続け、数々のビジネス書をヒットさせてきた編集者がその秘訣(ひけつ)を明かす。

 2020年4月、新型コロナウイルスが拡大する影響で、書店は一時的な休業や営業時間短縮はあったものの、営業自粛要請の対象外となった。コロナ禍以前から大ヒットとなっている漫画「鬼滅の刃」(集英社)をはじめ、休校中の小中学生が使用する学習参考書、外出を控えて自炊する人向けのレシピ本が売れに売れ、コロナ禍でも前年実績比を上回る売り上げを記録した書店は少なくない。

 この「出版特需」ともいえる状況は自粛期間が明けても変わらず、休日に書店をのぞくと、家族連れやカップルなどで書店がにぎわい、1冊の本とじっくり向き合う姿も目にする。読書が習慣化した証左ではないか。

高くても売れる?

 ビジネス書は、コロナ禍で再び脚光を浴びたジャンルの一つだが、「売れ筋」にある変化が見られる。以前は、テレビでよく見かけるコメンテーターや教授が書いた本のほか、ベストセラーの続編などがよく売れていたが、最近は、「シン・ニホン」(News Picks)や「FACT FULNESS」(日経BP)などといった、400ページを超える重厚な教養本(しかも高単価!)のヒットが目立つ。

 それはなぜか? 実はこの2冊とも、人気YouTubeチャンネル「中田敦彦のYouTube大学」で取り上げられ、売れ行きの後押しとなった。難解な内容を「かみ砕き」「わかりやすく解説」したことにより、自粛期間で余裕が生まれたビジネスパーソンや、普段からビジネス書を読まない読者層を書店に向かわせた、大きな仕掛けではないだろうか。

 つまり、「専門ではない人たち」にいかにわかってもらえるか、伝わるかが、大ヒットのカギとなる。確かに、池上彰氏のニュース解説を筆頭に、専門性の高いテーマをわかりやすく解説するテレビ番組は人気があり、ネット記事も平易な文章でつづられたほうがスッと頭に入りやすい。本も同じことが言える。とっつきにくい六法をイラスト付きで分かりやすく解説した「こども六法」(弘文堂)は、子どもから大人まで幅広く読まれている。

 わかりやすくて敷居が低いというと、「いい年になって、そんな簡単な本は読みたくない」との反論もあるだろう。気持ちはわからなくもないが、これまで本と向き合うことが少なかった人たちからすると、「本=難しい」という印象を抱いているのは確かだ。

 それは、出版社や編集者が、20代、30代の若年層のニーズに目を向けることをせず、高齢読者に向けた本づくりを続けてしまったからにほかならず、元凶をつくった責任を感じざるをえない。

 「わかりやすさ」は文章にも求められる。「自分の生きてきた軌跡、仕事の成功譚(せいこうたん)を1冊にまとめたい」。このような出版を希望する人からの持ち込み原稿が、毎日のように届いている。ジャンルは自伝、エッセー、ビジネス本など幅広い。

 臆測ではあるが、リモートワークが主流になったビジネスパーソンを中心に、会社や組織に依存しない生き方・働き方をめざす動きが活発になった表れではないだろうか。起業する人はもちろん、本業以外に副業する人にとっては、個人の肩書を武器に戦わざるをえない。そんな場面で、自著本はある意味「名刺代わり」、自分を知ってもらう「履歴書」にもなる。

 しかし、残念ながら、及第点に達する持ち込み原稿にはなかなか出合わない。それは、読者に伝わる文章で書かれていないからだ。

 毎日のように、公的な書類や案内、企業のリリース、新聞やネットの報道など、たくさんの文書を目にする半面、そのほとんどが「伝わるべき人に伝わっていない」と感じる。文章が「わかりにくい」と、制度が理解されない、サービスが利用されていないといった、本来の目的が果たされない。

 これから書き手を目指す人には「わかりやすさ」をもっと追求してもらいたいという思いから、今年、「書くのがしんどい」(PHP研究所)の編集を手掛けた。出版に限らず、ブログ、SNS、手紙などといったあらゆるコミュニケーションの場で役立つよう、同じ編集者でもある著者の竹村俊助氏に、読者の心を「グッとつかむ」文章を書けるようになった過程を執筆してもらった。わかりにくい文章を「多くの人に伝わる文章」に変えるノウハウが詰まった1冊になった。

 「文章をおもしろくするのは編集者の仕事だ」と言われればその通りだが、本の企画が通らなければ編集者はつかない。書き手と編集者のわかりやすさへの「追求心」があってこそ、より多くの読者に思いを伝えることができるのだ。

【筆者略歴】

PHP研究所 第二制作部ビジネス課 副編集長

大隅 元 (おおすみ・げん)

2008年、PHP研究所に入社。現在はビジネス書・新書を制作し、主な担当作は「年金だけでも暮らせます」「労働2.0」など。企画・編集、ライティング、営業、PRまでこなす万能編集者

(KyodoWeekly10月12日号から転載)