コラム兒玉和夫社会

待ったなしの「課題先進国」日本は変われるのか?

「ジャパン・アズ・ナンバーワン」、「異質の国日本」の時代から、「失われた30年」を経た今日、世界の日本を見る目はどのように変化したのであろうか?昨年末、英国のエコノミスト紙は、「日本が直面している課題の多くは、世界各国共通の課題であり、「課題先進国」日本の取り組みは、「さきがけ国家」の取り組みとして成功も失敗も教訓とすべき、と説く。

昭和から平成の日本論


 公益財団法人フォーリン・プレスセンターは、主として外国メディア特派員の日本に関する取材活動を支援することを目的に、1976年に日本新聞協会と経団連の支援を受けて設立された公益法人である。爾来46年が経過したが、その間の世界の対日パーセプションも大きく変化した。

とりわけ自動車産業や半導体産業を中心とする製造業がその圧倒的な競争力で日本経済の成長を牽引し、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」として世界第二の地位を謳歌した1970年代から1980年代後半にかけては、米欧との貿易・経済摩擦が激化したことは記憶に新しい。

その時代の外国メディアの報道ぶりは、「異質の国日本」論の時代であり、「変わらない日本」、「変われない日本」を批判するジャパン・バッシングの時代でもあった。バブル崩壊後の1990年代に入ると、日本経済は長期的低迷の時代に入る。更に、中国を中心とするBRICS諸国の台頭による日本に対する相対的注目度の低下と合わせ「失われた30年の日本」論が主流をとった。

令和の日本論の登場

 昨年末に発行された英エコノミスト紙(12月11-17日号)は、大変興味深いことに、これまでの日本論とは全く異なる日本論を展開した。まず社説において「世界は日本から学ぶことができる」(日本は、「例外」ではなく世界にとっての「さきがけ」である)と論じ(注)もう一つは、「日本特別報告:(諸課題の)最前線に立つ日本」と題する特集記事である。特集記事は、日本が直面する課題として外交・防衛、災害・気候変動、大都市東京、高齢化、経済、移民、内政の7分野を取り上げる。その骨子は以下の通りである。

①「課題先進国としての日本」:日本が直面している課題の多くは、我々自身が共有している課題であり、対岸の火事ではない、我々自身の差し迫った危機と認識すべきである。

②「防衛力強化を必要とする日本」:日本は米中対立の狭間で微妙な舵取りを迫られる一方、アジア諸国からの信頼は大きい。

③「防災・気候変動に取り組む日本」:巨大な災害の経験から強靭性を増したが、日本は、気候変動リスクは多様な自然災害リスクととらえて、気候変動対策への取り組みは不十分。

④「住みやすい大都市東京」:大都市東京の発展は、成功と失敗両方の産物とみることが可能。今後衰退を経験する都市の先例・教訓となる。

⑤「他者への手本となる地方の高齢化対策」:全国一律ではなく、地域の文化、環境、住民の健康に基づく異なる対応が必要。

⑥「多くの人々が思う以上に日本経済は強い」:低インフレ、低金利、低成長の長期停滞、巨額の財政赤字でも日本経済が危機的状況にあるわけではない。

⑦「実は多くの外国人労働者を受け入れている日本」:地域経済や産業活性化のカギを握るのは外国人だが、移民として受入ることはしない。

⑧「日本の将来は良くなる可能性がある」:そのためには何よりもビジョンある政治家、リーダーが必要。競争のない政治と現状に自己満足する国民意識はリスクと認識すべき。

 最後に、特集記事は、日本の外の世界へのメッセージとして次のように締めくくる。「異質国家日本」といったステレオタイプや、「不思議の国日本」といった日本特有の神秘性に過度に焦点をあてるのではなく、世界は日本を賢明に注目すべきである。日本は21世紀の地政学的対立の最前線に位置しており、人口動態や長期停滞に関するすべての課題を解決してはいないが同様に最前線で健闘しており、「実験場」としての日本は世界が学ぶべきことは多い。日本はその意味で「さきがけ国家」である。

 この特集記事を執筆したのは、ノア・スナイダー東京支局長である。同支局長は、祖父から3代続く日本在勤歴をもつ米国人である。ロシア在勤中の2019年に「帝国は逆襲する」と題する論文でクリミア併合を理解する上で、「ロシアのアイデンディとはウクライナとベラルーシを合体した3者一体のものである」というプーチン・ロシア大統領の歴史観を理解することが重要と論じたことで有名である。

 筆者は、外交官人生において、事実誤認やアンフェアな日本批判には敢然と反論してきただけに、「令和の日本論」の登場に深い感慨を覚える。「対日理解」を超えた「対日共感」を醸成する可能性を見出すのである。

(注)なお、エコノミスト紙の記事とは独立に、むしろ、それに先立って、カナダ・トロント大学の日本研究者 Phillip Lipscy教授が日本を「Harbinger State」と論じている。ご関心のある方はご参照頂きたい。URL:https://munkschool.exposure.co/a-qa-with-phillip-lipscy

(Kyodo Weekly・政経週報 2022年4月11日号掲載)

筆者略歴

公益財団法人フォーリン・プレスセンター 理事長

兒玉 和夫(こだま かずお)

1976年外務省入省、報道課課長、外務報道官、外務研修所長を歴任。2010年から2020年まで国連次席大使、OECD代表部大使、EU代表部大使を歴任。2020年11月より現職。2021年4月から広島大学法学部客員教授。

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