なぜ読まれる、高額ビジネス書 コスパ=値段以上の付加価値
出版業界には、小説、マンガ、児童書、新書などといった様々なジャンルがある中で、読者のビジネス書に対する「ある変化」が見え始めている。あらゆるモノの値段が上がる一方、読み手となる読者はどう変わり、どんな付加価値を求めているか、作り手として課題は多い。
「試し買い」の消滅?
一本の映画鑑賞とビジネス書を読むのとでは、どちらのコスパ(費用対効果)がいいだろうか?編集者である筆者が、書店で書籍を手に取る瞬間の正直な気持ちだが、読者と編集者の目線どちらで考えても、ビジネス書の値段は年々高くなっていると感じている。
最近ヒットしているビジネス書を手にとっても、『キーエンス解剖』(日経BP)が1,760円、『「答えのないゲーム」を楽しむ 思考技術』(実業之日本社)が1,760円、『解像度を上げる』(英治出版)が2,420円といった価格である。また、筆者が担当した『給料が上がらないのは、円安のせいですか?』(PHP出版)は1705円、制作中の『ゼロストレス転職』は1,815円の予定である。
いずれも税込価格であるが、1,400~1,500円台が主流であった2010年代半ば頃と比較すると、徐々に値段の上昇が目立ってきている。
出版科学研究所の調べによると、2022年度の新刊の平均価格は前年度と比べて2%上昇し、さらに今年も上昇が予想されている。大きな原因は、言わずもがな物価上昇だ。出版業界もご多聞に漏れず、紙代や運送費の値上げ分を価格に転嫁せざるを得えない。
そうした中、読者に「ある変化」が起きている。あくまでも私見であるが、多くの読者が既に評価されているビジネス書を買う、つまり「確実なものを読みたい」という考え方に変化しているのだ。
筆者は先輩編集者から、「ビジネス書の購入は投資」と教わり、そこには読者の中にも「試しに買ってみる」といった意識があったと思われる。しかし、今では「(金銭的にも時間的にも)損しないものを買いたい」といった意識へ変わってきているのではないだろうか。
これにより、ビジネス書の「二極化」が起きはじめ、ビジネス書の目利きとなるインフルエンサー(YouTubeやSNSなどでビジネス書を紹介し、その売れ行きに影響力を持つ人物)などに「これは面白い!」と太鼓判が押されたビジネス書、もしくは既に売れているビジネス書がますます売れる一方、日の目を見ることもないままという書籍も多く存在する。
リッチなコンテンツ
インターネットやSNSを通じ、無料で有益なビジネス情報を得られる時代になった。さらに、本を読む以外に時間を使う選択肢がごまんとある中、読者にとってビジネス書を買って読むことが贅沢な行為になりつつある。ならば、かけたお金と時間以上の価値をビジネス書に求める気持ちは、筆者も一読者として理解でき、「コスパ」という考え方が出てくることは自然なことだと感じる。
読者がビジネス書に求めるコスパというのは、作り手に対して「値段以上の付加価値」を求めていることだ。しかし、読者が求めるコスパに著者と編集者は応えられているだろうか。
読者に気づかれぬよう、ページ数を減らしたり、原材料を下げても価格はそのままで「ステル値上げ」をしているのでは? と思われるかもしれない。しかし、むしろ逆で、ビジネス書は年々内容が充実し、ビジネスに役立つ「リッチなコンテンツ」へとなっている。
例えば、ビジネス書の一般的なページ数は224~256ページだが、近年、300ページ前後のものも少なくない印象を受けている。数年前にヒットした、800ページ近くある「鈍器本」(凶器になるような厚さ、重さのある本)に引きずられるように、他のビジネス書も厚みを増している。
また、ページ数が少なくとも本文の色数が多い、図版やイラストが豊富といった「凝った作り」のビジネス書も増え、値段以上に内容が充実し、そのうえ読みやすいビジネス書が生まれてきている。筆者も嬉しいことに、SNSを通じて読者から「読みやすい!」という賛辞を賜ることがある。
分厚いビジネス書、凝った作り、いずれにせよその分だけ原価が上がると共に価格も上昇するが、それでも、少しでも読者の期待を越えようとする著者と編集者の気概を感じる。現実的なことを言えば、目利きが満足できるコンテンツでなければ注目されないため、進化したとも言える。
ともあれ、どんな書籍にせよ、著者も編集者も「1冊入魂」で、本づくりに真剣だ。制作した書籍が注目されないことほど悲しいことはない。少しでも多くの読者に、制作書籍を手に取ってもらうにはどうするべきか。少なくとも、読み手の変化を察知することが不可欠である。
(Kyodo Weekly・政経週報 2023年2月13日号掲載)
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筆者略歴
野牧 峻(のまき しゅん)
PHP研究所 ビジネス・教養出版部ビジネス課
1990年生まれ。2014年、PHP研究所に入社。ビジネス誌『THE21』の編集を経て、ビジネス出版を担当。代表作に『政治思想マトリックス』『決算書ナゾトキトレーニング』『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』『何もしないほうが得な日本』など。
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