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あぶくまロマンチック街道に春 被災地福島の暮らしつなぐ

「あぶくまロマンチック街道」は、福島県の阿武隈山地を南北に走る国道399号線の愛称だ。少し退屈な田舎道だが、地元特産の凍み大根、凍み餅、星空体験など、県内外からの人気もある。東日本大震災時の原発事故以来、北部の10キロ余りの区間で通行止めが続いていたがこの春、ようやく避難指示が解除され、「あぶロマ」は12年ぶりに再開通する見通しとなった。もともと、山なみ文化の交流を促進する街道だったが、放射能被害からの復興プロセスを世界への発信する拠点にできないか、と期待する関係者も出てきている。

この春に避難指示が一部で解除される飯舘村長泥地区は、昼間の出入りは許可されたが居住は禁止されていた。事故前は280人が住んでいたが、現在は10軒の家が残るだけだ。昨年春まで10年間区長を務めた鴫原良友さん(72)は、福島市内に家を買い家族5人で住んでいるが、冬季を除けば2週に一度ほど見回りなどにやってくる。

飯舘村側の立ち入り禁止ゲートから数十メートル先にある「長泥峠」からの眺めがお気に入りだ。晴れた日には、30キロメートル先の太平洋の青色も見渡せる。12年前のあの日。たまたま吹いた北西向きの風に乗った放射性物質を運んだ、「恨みの尾根」でもある。

避難指示解除が予定される今年春の連休前後になれば、峠をうねりながら下る「いろは坂」は桜が満開になる。「これまで支援してくれた仲間たちに見せたくてなあ」。

長泥地区の南隣にある浪江町津島地区(旧津島村)でもこの春、避難指示区域が12年ぶりに解除される。酪農家の紺野宏さん(63)は、昨年末に築200年の自宅を改修した。ただ、避難指示が解除されるのは地区面積の1.6%に過ぎず、居住する見通しはなお立たない。

「ヒロシのとこでお茶っこできれば、と地元の人たちが足を運ぶきっかけになれば」と紺野さんは言う。長泥の鴫原さんも、「この解除が、故郷を将来につなぐ起点にできれば」。

あぶくまロマンチック街道(あぶくまロマンチック街道HPより)

飯舘村や旧津島村、葛尾村に加え、旧都路村(田村市)と川内村の5村の関係者が2003年に協議会を設立した「ロマンチック街道」はもともとドイツ南部の、城や宗教建築などが点在する中世都市を結んだ観光道路から、その名をとった。日本でも長野県上田市や群馬県草津市などを結ぶ「日本ロマンチック街道」など、いくつかある。

「あぶロマ」発足当時の発起人の一人だった川内村元総務課長の井手寿一さん(69)は言う。

「福島県の浜通りから、ひとつ山側に入った小さな村を結ぶ399号国道には、鉄道など公共交通がない。この地域の特産物や星空などの山際文化の交流を拡大しようって思いがあったんですよ」。

浪江町津島地区側のバリケード。飯舘村長泥までの10数キロが再開通になる(筆者撮影)

「あぶロマ構想推進協議会」が震災直後に再開したホームページには、飯舘村の住民が避難した福島市松川町の直売所や、葛尾村が招待された会津地方の祭りなど、震災からの避難生活の記事も見える。15年には、県外の「あぶロマ」ファンも集め、夏と冬にツアーを再開した。昨夏のバスツアーでは、浪江町津島の交差点の「立ち入り禁止」バリケード(写真)に阻止された。事務局の伊東美穂さんは「でもやっと開通することに。今年の夏は、津島や長泥の緑を見るのが楽しみです」。

今回開通する長泥の先にある飯舘村の宿泊施設「きこり」では、2年前のツアーで「プラネタリウム」を開催した。支配人で「あぶロマ協議会」元会長でもある佐藤峯夫さん(67)は、「再開通すれば街道の北側からも、いろいろ発信しやすくなる」と期待する。

飯舘村ではこの間、首都圏から移住した女性らが、廃業した農業資材ホームセンターを改造して、地域再生の実験施設「図図倉庫」を立ち上げた。村に戻った元住民と村おこしのアイデアを展示しつつ、国内外からの見学者をJR東日本と連携して案内するツアー事業も手がける。共同代表の矢野淳さん(27)は、「土壌の中の放射性物質の変化や環境再生など、村内周辺の体験をしていただいてますが、新たに開いた長泥をはじめ多くの地域と連携して、発信したい」。

昨年9月の飯舘村議会では、佐藤健太議員(40)が、「あぶロマ推進協議会」の活動を取り上げ、「震災前の活発な動きをこの先につなげられるよう、各町村も協議会をバックアップしてほしい」と発言した。佐藤議員はさらに「あぶロマ」の歴史と可能性にも言及する。

東北道の白河方面から福島空港を通る「阿武隈高原道路」と連携する観光道路に発展させる計画があった。「海外からの視察・研究者も福島空港経由で直接現地を訪問できますよ」。

(Kyodo Weekly・政経週報 2023年2月6日号掲載)

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筆者略歴

菅沼 栄一郎(すがぬま・えいいちろう)

ジャーナリスト

1955 年生まれ。80 年、朝日新聞記者に。福島支局、北海道報道部、東北取材センターなど地域を歩いたほか、政治部で自民党などを担当。共著に「水道が危ない」(朝日新書)。現在は、震災復興など地域の動きを中心に取材。

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