欲張らない暮らし方とは ~ギリシャで“足るを知る”
“ロードス島”と聞いて、何を思い浮かべるだろうか。日本人にはあまりなじみのないギリシャのこの島は、かつてヨハネ十字軍が占領し、オスマン帝国と激しい攻防戦を繰り広げたことで有名である。いまだ、当時の遺跡が数多く残っている。また、ビーチリゾートとして、夏にはヨーロッパ人がこぞって滞在する島でもある。2月初旬、そんなロードス島を訪れた。
「空港からタクシーを使う場合、手配はこちらでするよ」
ホテルに予約を入れた時だ。その理由は、騎士団長の宮殿の脇に立つ滞在したホテルが位置する旧市街が、丸ごと世界遺産のため、登録した車両しか入れないからだ。感心するとともに、「移動で苦労するかもしれない」と一瞬不安がよぎったが、“ほぼ”杞憂に終わって安心した。
ロードス島は、長さ約80キロ、幅は最大約34キロ、エーゲ海南部のアナトリア半島沿岸部に位置する。旧市街は全長約4キロの城壁で囲まれ、その外側には新市街が広がっている。空港から旧市街への道のりは海沿いで、「この先約18キロ先に見えるのがトルコだよ」とドライバーが教えてくれた。これだけ近ければ“占領したい”という気持ちになるだろう。道沿いには大きなリゾートホテルが林立していたが、入り口は封鎖され、人の気配がなかった。
「だって、“冬”だもの」
日本のアニメが好きだという、滞在したプチホテルのフロントのお兄さんへ日本から持参した“抹茶味のお菓子”を渡しながら会話が弾んでいた時のことだ。
地図に丸を付けながら、「旧市街でやっているレストランは、こことここしかないよ」。半信半疑でホテルを出発し、街中の探索をスタートさせた。まずは騎士団長にごあいさつをしなければ、と宮殿を訪れたが、観光客は私たちだけが目立つ。ぶらぶら歩き続けるも、観光客どころか地元住民さえすれ違うことはない。そして、どのお店もシャッターが下りているではないか。焦りながらカフェを探してみるも、全てがクローズされている。
そんな時やっと、品出しをしているカバン屋さんを発見した。近づいていくと店員さんが「あなた、今年初めてのお客さまよ。冬はどこも閉めちゃうのよ」「お茶を飲みたいなら新市街に行かないとね」と親切に教えてくれた。あのホテルのフロントのお兄さんから聞いたレストラン情報は正しかったのだ。
その後、案内所で観光用の循環バスを尋ねると、「冬だから運行していないよ」とつれない答えが返ってきた。実は、あるブログで見つけた新市街にある評判の良いレストランで食事をしたい、と計画を立てていたが、ホテルのフロントへ予約の電話をお願いしたところ、「残念だけど来月までクローズだって。冬だから仕方ないよ」。またもや“冬だから”という言葉。グルメサイトでトップ3に入るお店なのに? 冬だって観光客はいるのに? 頭の中がハテナでいっぱいになった。ロードス島の人々は、冬のわずかな観光客に“迎合”する気はないようだ。
「旧市街のお店は、なぜ冬は閉めるの?」
改めて、ホテルのフロントで尋ねてみた。「夏は新市街の2~3倍の値段で売れるんだよ。それで十分じゃないか」と、当たり前のように言う。「いや、冬の期間も売ればもっともうけが出るよ…」というさもしさは口には出さずにおいた。
聞いたところによると、街全体が世界遺産のため、景観維持の補助金も多く出るといった背景があるようだ。ちなみに、それほど眠っていない新市街で、1軒だけやっているお土産屋さんをやっと発見した。ただ、やる気は感じられず、むしろ手間をかけてほしくない、という雰囲気が漂っていた。
ところで、この島は“ネコの多さ”でも有名である。滞在中は人よりネコに多く出会い、ネコ好きの私には天国だった。日本から持参した「ネコ用のカリカリ(ドライフード)」をカバンに忍ばせ、あちこちでごあいさつがてら振る舞ったが、ネコたちは人なれしていて逃げない。あのネコたちは、今頃どうしているだろうか。
夏には絶対見られない光景
観光ポイントの一つである、港から騎士団長の宮殿をつなぐイポトン通り(騎士団通り)で、興味深い光景に出合った。旧市街は特徴的な石畳で覆われており、お世辞にも歩きやすいとは言い難い。人けのないイポトン通りの石畳を職人たちが、まるで修復作業のような仕事をしていた。よく見ると、平べったい丸い石を丁寧に縦に埋めていくではないか。通りの全長は500メートルほどに見えるが、その時はまだ端から十数メートルの位置だった。4月には観光客が訪れだすようだが、一体間に合うのか…。人ごとながら心配になった。
帰国前日。この日は、揺れる糸杉が印象的だったほど、あまりにも風が強かった。「風速8メートルを超えると、飛行機は飛ばないよ」といった会話を思い出しながら荷物を整理した。帰りの飛行機が飛ばなかった場合の延泊、乗り継ぎ、出勤、もろもろが大変だ…と頭の中がいっぱいになったその夜、騎士団長に風がやむのをお願いしながら眠りについた。
今回の旅で感じたことは、ギリシャ人の“足るを知る”といった心だった。あくせくしない気持ちの豊かさとはこういったことなのだろう。とはいえ、その延長がギリシャ危機ではないか?と思ったのも事実である。中世のロードス島にタイムスリップしたいなら、訪問はぜひ、冬をお勧めしたい。
[筆者略歴]
仁禮 靖子(にれ・やすこ)
1969年東京都出身。東京外国語大学ロシア語学科卒。不動産経済研究所企画編集部所属
「株式会社共同通信社 Kyodo Weekly」 2019年12月9日号より転載