コラムピックアップ医療石井磨里子

海外在留邦人へ向けた母子支援、「伴走者」の助産師を目指して

助産師として、2013年より、シンガポールの地で在留邦人を対象とした「母子支援」を開始し、現地医療機関と患者の「橋渡し」に携わってから、9年の年月が経とうとしている。一方、本当に必要な母子支援はなにか、日本と海外における課題が見え始めている。

「ベビーマッサージクラス」へ参加する母子(筆者提供)

 シンガポールには、世界で11番目に多い36,000人もの海外在留邦人が住んでいる(2021,外務省)。約800社の日系企業が進出し(2021,JETRO)、教育機関や飲食店などでは邦人向けのサービスも充実している。比較的治安がよく医療技術も高いため、現地で出産や子育てをする日本人も多い。

7ヵ所ある日系クリニックでは、日本人の医師や看護師から医療を受けることができるが、助産師活動を開始した2013年、母子支援の体制が不足している現実を知った。

妊娠〜育児期の女性は、ホルモンの変動によって心が不安定になりやすい上、異国での出産や育児となると、言語の壁や文化の違いで戸惑うことも多い。

子育てに孤独を感じ、誰にも頼れない環境から不安と疲労が増強し、育児相談時に涙が止まらなくなる母親も少なくない。

このままでは、産後うつ病や育児ノイローゼになるリスクが高まってしまうといった危機感から、「異国にいても、安心して出産や子育てができる環境にしなくてはならない」と強く決意し、在留邦人へ向けた母子支援の体制づくりを目指すようになった。

現地医療機関への橋渡し

 日本に四季があるように、女性の生涯にも様々な「ライフステージ」がある。思春期、妊娠、育児、更年期には女性ホルモンの影響を受けやすいため、心身共に健康でいるためには、ライフステージの一部分だけではなく継続した支援が求められ、医療など支援する側には知識と技術が必要となる。

これまで日本で培ってきた不妊治療、出産、子育て、更年期までといった長いスパンのキャリアを活かし、自分自身が母子支援を確立させなければならないと、この9年間 走り続けてきた。

最も苦労したのは、現地の専門医との連携である。世界でもトップレベルの医療設備や技術が備わっているシンガポールでは、日本だと数ヶ月待ちの専門的な医療も早期に受けることができる。

邦人患者の受け入れを依頼しに、直接、現地の名医に駆け寄り、異国で妻や子供が病気になった時のベストな治療の選択ができるよう、信頼できる現地の専門医と邦人患者を結ぶ「橋渡し」を担った。

言語や文化的な壁に当たりながら時に挫けそうになったが、病気が改善していく子供の姿と家族の笑顔に励まされ、乗り切った場面は数多い。

 現地の医師や医療機関のサポートもあり、一万件以上にもなる母子支援に携わった。多くの邦人に支援できたことは、助産師冥利に尽きる思いであった一方、予約がいっぱいのためタイムリーに支援できない、需要はあるのに対応ができないといったジレンマを常に抱えていた。

しかしそこで、助産師の数を増やせば解決する問題ではない。信頼して支援を受けてもらうには、幅広い知識と高度な技術をもつ助産師が求められる。患者へ対してしっかり傾聴し、共感して看護することは、容易な技術ではない。

女性の「伴走者」として

シンガポール在留邦人から、「異国での子育ての大変さ」、「ワークライフバランスの難しさ」、「所属企業からの支援不足」といった多くの相談を受けるうちに、世界中の海外在留邦人への母子支援は行き届いているのだろうか、支援ができる助産師の数は足りているだろうか、所属企業や帰国後の自治体からの支援はあるのだろうかといった疑問や課題を持ちはじめ、「助産師の育成」、「企業や自治体と連携」の必要性を問うようになった。

 日本で助産師活動を行う現在、オンラインを通じて、シンガポールをはじめ世界中からの在住邦人の「声」や「悩み」を聴いている。助産師の存在をより広め、誰もが助産師へのコンタクトしやすい体制づくりを目指している。

一度きりの人生で経験する貴重な妊娠、子育ての期間を「世界中どこにいても、不安なく自分らしく過ごせた」と思えるような母子支援を広めていきたい。さらに、あらゆる女性のライフステージで頼られる存在を目指し、女性の人生の伴走者でありたい。

(Kyodo Weekly・政経週報 2022年8月8日号掲載)

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筆者略歴

助産師 心理学士

石井磨里子(いしい・まりこ)

2012年まで成育医療研究センター、国立名古屋医療センターで勤務。2013年よりシンガポールで助産師活動を開始し、民間医療機関Healthway MedicalのClinic Executiveとして1万件以上の母子サポートに携わる。2021年、日本での助産師活動を柱とした「ラセゾン」を開業。オンラインを通じた海外在住邦人への母子サポートのほか、国内での助産師・看護師の育成、教育機関などで活動する。

プルメリアが出逢った「ひと」の“その人らしさ”に注目、石井磨里子さんの紹介コラムです。

ここにつなげる 石井磨里子さん

「助産師」と聞くと、産まれたての赤ちゃんを抱き上げるシーンを一番に思い浮かべるが、助産師にもっと頼っていい場面がたくさんある。

小学校での性教育、思春期や更年期といった女性特有のカラダやココロの相談、周囲の家族やパートナーへのアドバイス、乳がんの早期発見への啓蒙活動など、活動は幅広い。

助産師の石井さんは、特に不妊不育、育児中の悩みや子どもの発達にまつわる分野を得意とし、ヒトの誕生前から数多くの場面で関りを持っている。

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