物流の2024年問題と時間外労働
労働政策研究・研修機構 新井栄三
(不動産経済Focus & Research 2024.10.9掲載)
今年4月1日から運輸業などで、「2024年問題」と言われる時間外労働の上限規制が始まっている。労働時間については、働き方改革に伴う労働基準法の改正で、2019年4月(中小企業は2020年4月)から時間外労働に上限が設けられた。
ただし、トラックやバス、タクシーといった自動車運転業務は、長年の取引慣行などから個別企業に長時間労働の是正を課すことが難しく、5 年の猶予期間を設定したうえで、2024年4月から規制が適用されることとなった。時間外労働の上限は原則、月45時間・年360時間。さらに、特別な事情があった場合は年960時間以内を上限とし、他の業種・働き方よりは実情に合わせる形にしている。
上限規制の適用で人手不足解消を
労働基準法の上限規制に違反した場合、「6カ月以下の懲役または30 万円以下の罰金」が科せられる。さらに言えば、規制を大幅に超えて時間外労働や休日労働をさせるような悪質なケースは、企業名公表の対象となる場合もある。
変動要素の多いドライバーの労働時間に具体的な上限時間を明記することは、少し無理があるように映らなくもない。それでも残業時間の上限規制を適用除外とせずに法制化に踏み切った背景には、ドライバーの人材不足を解消したい狙いがある。
中高年男性に依存状態の就業構造
現在、トラックの運送業務は、中高年層の男性に依存した状態にある。国土交通省の2024年版「交通政策白書」をみると、トラックドライバーの平均年齢は47.2 歳で、産業平均( 43.9 歳)に比べ高齢化している。にもかかわらず、労働時間は長く、年間所得額は低い。女性比率はわずか3.4%(全産業平均45.2%)だった。厚生労働省の調べでは、労働災害件数も多く、脳・心臓疾患に関する事案で労災認定され補償の支給が決定した数は、トラックドライバーを含む「道路貨物運送業」が2023 年度で66 件と、全業種でトップになっている。
コストアップにつながる長時間労働対策
労働時間の上限規制を適用して労働環境を改善していけば、ドライバーを希望する若者や女性が増えることは期待できる。しかし一方で、長距離輸送の困難化などの、いわゆる「物流の2024年問題」も生じてくる。そこで、運輸業の企業を取材したところ、渋滞を避ける時間帯に配送時間をずらしたり、一つの行程を複数のドライバーが分担するリレー輸送を取り入れたり、商品の積み込みや配送ルートの管理、健康チェックなどを効率的に行えるAI システムを導入するなどの工夫が見られた。
近年、物流量が急増しているEC 市場でも、通販の送料値上げや置き配の推進などで労働時間を短縮する企業の動きがあった。だが、こうした対応は会社の売上・利益減少や、荷主が支払う運賃などの上昇につながる。東京商工リサーチのアンケート調査によると、2024年問題が経営に「マイナスの影響」と答えた運輸業の会社は6割に達した。その具体的内容として、「稼働率の低下による利益率の悪化」と「労務管理の煩雑化」を挙げる企業が多かった。残業規制に伴う収益悪化を心配しながら、煩雑化した労務管理業務に負担感を抱く様子がうかがえる。
基本給比率を高めて固定収入確保を
ドライバーの収入にも影響が出ている。経済も賃金も物価も安定的に上昇する経済社会を目指した、今年の春闘。政府や経団連などの経営者団体も賃上げに前向きな姿勢を示し、製造業をはじめ、多くの産業の大企業を中心にベースアップが実施された。連合の最終集計では、平均賃金方式の「定期昇給分込みの賃上げ」は加重平均で1万5281 円・5.10%と、連合の要求方針「5%以上」をクリアした格好。しかし、業種別では交通運輸( 9227 円・3.31% )の低さが目立った。
トラックドライバーの賃金体系は、基本給と歩合給をミックスした形が比較的多く、なかでも歩合給と時間外手当を含めた変動部分の占める比率が高い。このため、仕事量が減って残業時間も少なくなれば、手取り収入は下がる。運輸産業の労働組合は、賃金制度の基本給部分の割合を高めるよう要求するとともに、固定収入の確保につながる月例賃金の賃上げにこだわっているが、厳しい経営環境のなかで難しい交渉を余儀なくされている。
魅力ある運送業のあり方に向けた検討を
また、24春闘では、多くの組合が企業間の公正取引に焦点を当てて交渉を展開。労務費など価格転嫁の反映度合いが、中小・下請け
企業の賃上げに大きく影響した。これを運輸業に照らして考えると、労務費への価格転嫁に向けて、荷主の理解を得て運賃を改定したり、通販などの利用者に送料値上げや再配達有料化などを容認してもらうことが必要になってくる。
ドライバーの労働規制強化が進み、働く環境は改善されつつある。その一方で、企業の「人材と利益の確保」、ドライバーの「収入の安定」、さらには利用者の利便性の維持」への対応が必要になる。こうした課題の解消に向けて、何ができるのか-。それぞれが魅力ある運送業のあり方を検討し、解を導き出していくことが求められる。
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