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「花の寺」が地域を甦らせる

ジャーナリスト 正覚寺住職 大正大学招聘教授 鵜飼秀徳

不動産経済Focus & Research 2024.7.10掲載)

寺院を再生すれば、地方が蘇る-。「地方消滅」の筆頭格に挙げられている秋田県男鹿市だが、ある寺院の地道な試みによって再生の光が灯りはじめた。その核となっているのは男鹿半島の漁村にある曹洞宗寺院。青いあじさいの株分けを 20 年間延々と続けた結果、えも言われぬ景観をつくり上げた。近年ではシーズン中で5万人以上規模の参拝客が訪れ、寺だけではなく男鹿半島全域が再生しはじめた。その事例を紹介しよう。

きっかけは一株のあじさい
「喜ぶ顔が見たい」で始めた株分け

「泣く子はいねがー」。なまはげの伝統行事で知られる男鹿半島。国内でも、特に激しい人口減少に喘ぐ自治体である。市内の随所になまはげの立像を置くなどして、なんとか観光誘致に結びつけようとしているが現実は厳しい。国立社会保障・人口問題研究所によると、2022 年には2万 5264 人だった人口が、このまま対策を講じなければ 2040 年には1万 2784 人にまで半減してしまうとのことだ。

こうした状況に危機感を抱き、生き残りをかけて行動を起こした地元の僧侶がいた。男鹿半島の北部、北浦地区にある曹洞宗雲昌寺副住
職の古仲宗雲(こなかしゅううん)さんだ。雲昌寺がある北浦地区は、かつてはハタハタ漁で栄えた漁村だ。だが、不漁と漁業従事者の高齢化と後継者不足によって近年の漁獲高は往時の 20 分の1以下に。人口流出は止まらず、地域経済は疲弊し切っている。

雲昌寺の檀家数も、ここ半世紀ほどは減少の一途を辿っていた。観光客を呼び寄せられるような「売り」のある寺でもなかった。古仲さんが危機感を募らせていた 2002 年6月のこと。境内に植えてあった1株の青のあじさいの花がふと目についた。「パチンと切って、生花にして部屋に飾って眺めていると夜、ライトの光を浴びて青色が輝いてみえたのです。これを増やしていけば、お檀家さんや地域の方に喜んでもらえるのではないか」そう考えた古仲さんの、地道な株分け・挿木作業が始まった。

2000 坪ほどある雲昌寺には庭園らしい庭園はなく、山門から本堂までは梅と杉の林が広がっていた。思い切って梅と杉の木を伐採。他の品種や別の色のあじさいを新たに植えることはせず、この青のあじさいだけに特化して延々と株分けを続けることにした。

雲昌寺が世界中の人々の目的地に

そして、最初の株分けからおよそ 15 年が経過。境内全域は青のあじさいで埋め尽くされた。

お参りの人は年々倍増し、路上駐車問題が発生しはじめるほどに。2018 年、古仲さんは問題解決のため有料拝観に踏み切る。同時に「あじさいお守り」「あじさい御朱印」などの物販のほか、「フォトウェディング」も始めた。初年は4万人の参拝客を記録。翌 2019 年は5万 3000 人となった。

秋田空港との定期便で結ばれている台湾からの客も相次いだ。集落の高台にある立地も幸いした。青のあじさい畑の向こうに日本海が見える絶景となった。とあるインフルエンサーが運営する「死ぬまでには行きたい!世界の絶景」の 2017 年国内ベスト絶景にも選ばれ、SNS などを通じて噂は瞬く間に広まっていった。

それまで檀家相手の仏事だけに頼っていた寺は、拝観料や物販に加え、フォトウェディングなどの収入源が生まれた。「寺院消滅」の危機に瀕死していた寺は、一転して「寺院再生」のモデル寺院となった。 突如として出現した男鹿半島の新名所。地元への経済波及効果も絶大だった。たとえば男鹿半島の突端の入道埼には、土産店や飲食店が5軒あるが、雲昌寺のあじさいシーズン中の売り上げは1店舗あたり数百万円ほど増えたという。雲昌寺を軸にして、地域創生の芽が出はじめた。

地道な努力に勝るものなし

しかし、2020 年春以降はコロナ禍が到来。団体客のキャンセルが相次いだ。それでもコロナ初年にあたる 2020 年夏でも3万人、翌 2021 年には3万 7000 人が寺に訪れた。


京都や奈良、鎌倉の観光寺院ではコロナ禍が始まって以来、設備投資や人件費などの固定費で経営を圧迫する状況が続いた。奈良の法隆寺では、維持費を捻出するためにクラウドファンディングまで実施した。だが、雲昌寺はそもそも大きな投資はしていないのでリスクは小さい。

あじさいの株分け・挿木はさほど費用がかからない。ただ、地道に株を増やしていっただけのことである。 あじさいで有名な寺は、京都の三室戸寺や鎌倉の長谷寺、明月院などさまざまある。それぞれが、それなりに美しい。しかし、雲昌寺は他のあじさい寺とは一線を画す、感動の景色である。特に夜間ライトアップはブルーの LED ライトに照らされ、幻想的な世界が広がる。まさに、「見ずには死ねない景色」と言える。そこには、疲弊した地方の再生の灯火をみることができる。

「花を使った寺院・地方再生モデル」は他の地域でも、真似る価値は十分ある。いや、これこそが地域創生の「唯一の手段」と言っても過言ではないと思われる。

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