孤立深める妊婦をゼロに 児童虐待死の半数は0歳
少子化対策の必要性が叫ばれるなか、せっかく生まれてきた命が「1歳」を待たずに消えている。厚生労働省が2003年分から取りまとめている調査によると、心中以外の虐待で死亡する子どもの年齢の最多は0歳。しかも直近のデータではその半数が月齢0ヶ月、主たる加害者は実母である。この背景には、「妊娠を誰にも相談できず、独りで漂流する女性の姿がある」と認定NPO法人ピッコラーレ代表の中島かおりさんは言う。「漂流する妊婦は自分でどうにかしようとして必死に生きている。彼らをネグレクトしない社会にしたい」。日々、女性たちと向き合う中島さんに課題を聞いた。
自分の体は自分で決める
助産師だった中島さんが、助産師仲間や社会福祉士とともに妊娠にまつわる相談窓口「にんしんSOS東京」を立ち上げたのは2015年。以来、活動は埼玉、千葉にも広がり、福祉事務所や病院などと連携しながら妊婦や母親が自立するための支援を行っている。
2021年度の相談対応件数は「にんしんSOS東京」だけで6000件近くにのぼる。相談者の70%が10代20代で、彼らの中には親からの虐待やネグレクトなどで居場所がなく知人の家を転々としている、パートナーからDVを受けている、就労が不安定で貧困に陥っている、精神疾患を持っているなど、自分ではどうすることもできない社会的課題を抱えている人もいる。また、産婦人科を未受診で、人工妊娠中絶ができる時期を過ぎてしまった人や臨月に入ってからの相談も寄せられている。
こうした女性たちに寄り添うにあたり、中島さんは“自分の体は自分で決める”というSRHR(性と生殖に関する健康と権利)の概念が大切だと考える。しかし、避妊の手段へのアクセスが悪く、周産期の医療のほとんどが自費であるなど、自己決定を支えるための公的支援や社会制度が整っていないと指摘する。
「産むか産まないか迷っている段階から利用可能な社会資源はまだまだ少ない。」
ネットカフェで生活も
そこで2020年、中島さんは産前産後に関わらず女性が安心して暮らし、妊娠、育児、仕事、更にはその先の人生についてもゆっくりと悩み考えるための居場所「ぴさら」を開設した。東京都豊島区の一軒家に個室が二つあり、夜間も助産師がメインで支援にあたっている。開設からの2年で日帰りのほか15人が宿泊し、数ヶ月滞在する人もいた。
立ち上げのきっかけとなったのは、ネットカフェで暮らす妊婦との出会いだった。彼女はすぐに妊婦とわかるお腹を抱えながら、日々のネットカフェ代だけをどうにか工面して生きていた。
中島さんは彼女の居場所を探したが、アクセスできたのは売春防止法や配偶者暴力防止法を基とする婦人保護施設だけであり、売春で処罰されているわけではなく、DVから逃げているわけでもない彼女が制約を受けることなく普通に暮らせる場所が見つからなかった。
「家がない妊婦、ただそれだけ(の理由)で使える場所がないことがわかった。彼らのための場所を作る必要がある、そういう場所が欲しいと思った」と中島さんは言う。「今日布団で寝るにはどうしたらいいかを考えているうちは妊娠や自分の人生を考える余裕はない。」
国も一貫した支援を
児童福祉法に「出産後の養育について出産前において支援を行うことが特に必要と認められる妊婦」と定義されている「特定妊婦」は全国で8000人以上、10年で9倍以上となっている。また児童虐待による死亡事例は後を絶たず、児童虐待の相談対応件数は増加している。
こうしたなか、国も産前産後の一貫した支援を強化しようと、来年度、特定妊婦等が通所または宿泊しながら専門スタッフからの助言などを受けられる施設事業を開始する。
妊娠は女性だけではなし得ず、必ず相手がいる。しかし妊娠したのは自己責任だと独りで悩み迷走する女性たち。その時、偏見なく本人の話を聞き選択肢を提示する、そんな受容力と柔軟性のある社会が必要だと考える。
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筆者略歴
フリージャーナリスト
戸村 桂子(とむら・けいこ)
ドイツ語教員を経て、2001年からNHKの報道番組に携わり、2008年からは英語ニュース部門で主に経済リポートを世界に向けて英語で制作・発信している。
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