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2025年の台湾海峡を読む―トランプと習近平の「ディール」再び―2025年の台湾海峡を読む

東京国際大学国際関係学部教授(元産経新聞台北支局長/上海支局長)河崎眞澄

不動産経済Focus & Research 2025.1.29掲載)

 「中国共産党が率いる中国は、米国がこれまで直面したなかで、最も強力かつ危険な敵だ」。中国共産党をかくも敵対視する上院議員のマルコ・ルビオを国務長官(外相に相当)に据えた共和党トランプ政権が2025年1月20日、米国で再始動した。

 中国と対峙する台湾や日本、韓国など、東アジアの複雑な国際情勢を占う最大の要因は「米中関係」だ。台湾併呑と中台統一が「中国の夢」だとする中国共産党総書記、習近平の動向を踏まえ、日本にとっても死活問題である台湾海峡の情勢を考える。

まずは無理難題を突き付ける商売の常とう手段

 トランプ政権2.0は中国共産党を徹底的に抑え込むだろうか?ルビオ発言を含め表面上、対決姿勢を見せてはいるが、実のところ不動産王のトランプは、あくまでビジネス至上主義だ。「アメとムチ」で習近平とディール(取引)を繰り広げるだろう。

 就任後、多数の大統領令に署名したトランプも、選挙公約だった高率の対中関税を即時発動することは見送った。さらに、バイデンが政権末期に強行した中国の動画投稿アプリ「TikTok」禁止をめぐり、トランプは「私はTikTokが好きだ」と擁護した。これを受け、中国外務省の報道官は21日、「米国の新政府とともに新たな出発点から中米関係を発展させたい」との談話を発表した。就任前に習近平はトランプと電話会談も行った。双方とも対決姿勢を避け、ディールに持ち込みたい意向がにじむ。

 演説で「米国の黄金時代はいま始まる」と強調したトランプの対外戦略は明確だ。米国ファーストの政策で新たな世界秩序を構築する、と読み取れる。北極圏の要衝であるグリーンランド、民主党政権が手放したパナマ運河への領土的野心は、分かりやすい。

 欧州とロシアに近い北極海も、大西洋と太平洋をつなぐパナマ運河も、いずれも中国が経済力を行使して事実上、支配下に置こうとしている地政学上のリスク拠点だ。トランプは決して譲れぬレッドラインと、通商や情報での譲歩政策を習近平に示した。

 パナマ政府やグリーンランドを領有するデンマークに対し、武力行使も排除しないとの強硬姿勢をみせるトランプ。だが「価格交渉」と考えれば分かりやすい。落としどころを探すためあえて高い要求を突きつける手法は、商売の常套手段でもある。であるならば、台湾海峡情勢はこの先、どう推移するか。米国第一主義のトランプは安全保障上のカギとなる「第一列島線」は死守したい。日本、韓国、沖縄、台湾、フィリピンに連なる民主主義陣営の最前線は、中国やロシア、北朝鮮に破られたくない。

 いかに中国共産党軍に台湾本島への侵攻を思い留まらせ、紛争を抑止するかにトランプは全力を傾けるはずだ。米軍基地を擁する日韓フィリピンの政府から、安全保障と引き換えに「思いやり予算の増額」を求め、台湾に対しては巨額の武器売却を行う。

 北朝鮮の金正恩やロシアのプーチンにも睨みが利く習近平には、穏健な通商政策や対中投資の拡大を通じ、不動産バブルの崩壊で低迷が続く中国経済の回復に手を貸す。他方で、中国にグリーンランドやパナマ運河、台湾に対する野望を断念させる戦術だ。

中国の実力行使トランプの黙認

 ただ、習近平が黙ってこの戦術に乗るとは考えにくい。党から政府、軍まで全ての権力を一人が握る共産党総書記の任期は2027年秋まで。2012年から続く任期5年の総書記職は現在3期目で、4期目を無事迎えるには、これからが正念場となる。3期連続も党内規に反していたが、異例中の異例、総書記4期目のためには、さらに盤石な権力基盤が欲しい。

 2027年8月に中国人民解放軍が創軍100年を迎えるまで、習近平は台湾問題で何らかの軍事的成果を挙げ党大会に臨みたいはずだ。

 台湾本島への侵攻は先送りとしても、南シナ海北部の東沙(プラタス)諸島、中南部の太平島など、台湾が実効支配している離島への攻撃と奪取はあり得るシナリオだ。東沙も太平島もコーストガードや少数の海軍関係者のみで、一般の住民はいない。中国人民解放軍が南シナ海で軍事行動を起こしても、米国から見れば第一列島線の外側だ。台湾側の防衛も手薄で、中国側は軍事成果を挙げやすい。

 国際社会に対しては「中国の国内問題であって国際紛争ではない」と、常套句で詭弁を繰り返すはずだ。台湾が実効支配する離島は、ほかに、中国福建省の沿岸近くに金門島や馬祖島なども存在するが、いずれも民間人が暮らす。ここで多数の死傷者を出すよりも、南シナ海で台湾側から「領土」を奪還した、との手柄を中国国内向けに宣伝する方が得策だ。

離島奪取が実現すれば日本への影響も大

 人民解放軍100年の数カ月後、2027年秋に中国共産党の次期総書記や指導部人事を決める5年に一度の党大会がある。トランプとの駆け引きを続けながら、習近平がそれまでに南シナ海で離島奪取に踏み切る蓋然性は高い、と考えるのが自然だ。万一、東沙、太平の両島が中国の手に渡れば、台湾のみならず、厳しい影響を受けるのは日韓だ。中東から南シナ海を通過して日韓に向かう原油タンカーやLNG船、東南アジアや欧州航路のコンテナ船など重要な航路の制海権も、中国の手に落ちる。

 日韓台に影を落とす航路の安全リスクを、トランプが果たして「米国の国益を害する事態」と判断して軍事介入するかどうか。あるいは台湾本島に手を出さなければ、習近平の暴挙に目をつぶる恐れもある。ここは日韓台が安全保障で団結せねばならない。

 しかし韓国では、日米との関係改善を急ピッチで進めた尹錫悦大統領を、非常戒厳問題で糾弾する親北派、親中派の勢力が内政を混乱させ、最悪の場合、第一列島線から離脱しかねない動きもある。南シナ海、台湾海峡とも連結する不穏な事態となっている。

 習近平との取引で米国ファーストをすぐにも成功させたいトランプの目を、いかに台湾海峡や南シナ海に向けさせ、日韓台の安全保障が米国の国益にも適う、と訴える現実的な政治家はどこにいるのか。いまこそ安倍晋三が存命であれば、と無念に思う。

(敬称略)

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