能登半島地震から間もなく1年―幻の「珠洲原発計画」を振り返る―
元東京新聞編集委員・論説委員 長竹孝夫
(不動産経済Focus & Research 2024.12.4掲載)
9月の記録的豪雨が追い打ちをかけ、能登半島地震による復旧が遅れている。地震による甚大な被害が出た石川県輪島市、珠洲市、能登町、穴水町などでは、今も住民の苦悩が続く。今回の震源地近くでかつて「原発計画」があったのをご存じだろうか。
地元民や関係者以外にはあまり知られていない。もし原発が立地されていたら、能登半島だけでなく首都圏を含め広範囲で被害が出ただろう。そう指摘する研究者らは少なくない。能登半島地震から来月1日でちょうど1年。幻の原発計画を振り返りながら、原発とは何か。あらためて考えてみたい。
「珠洲原発計画」で住民は二分
1976年、関西、中部、北陸の3電力が珠洲原発計画を正式に公表した。建設計画の対象となった珠洲市高屋地区では当初、住民のほとんどが反対したが、電力側の原発視察名目の接待旅行や芸能人を招いた住民向けコンサートの招待、無料飲食の振る舞い、地元の祭りで使う収納庫や農作物の保冷庫などを建てるための寄付・・・。この「大盤振る舞い」で地元民が懐柔され、やがて地域は分断されていった。
計画が持ち上がった当初、原発立地について賛成でも反対でもなかった高屋地区の「円龍寺」住職の塚本真如さんは、原発の「推進、反対」に関する書物を100冊以上読み漁り、「安全というのはうそや」「放射能と人間は共存できん」と立ち上がった。やがて1979年に米国スリーマイル島、1986 年には旧ソ連のチエルノブイリで原発事故が起きた。
関電が現地調査に乗り出した1989年、塚本さんら反対住民は原発建設に向けた調査車両を阻止するため、40日間ほど座り込んだ。嫌がらせや無言電話、包丁を突き付けられたこともあったという。これに呼応し地元メディアも原発の危険性を訴えた。
こうした経緯を経て3電力は2003年12月、珠洲原発計画の凍結を発表した。それから約20年後、能登半島地震が起きた。原子力専門ライターの一人は「もし珠洲原発ができていたら初めての原発直下事故に。日本は悲惨な状況だったろう」と指摘した。
原発予定地の海岸線が隆起
最大震度7を観測した今回の地震で、高屋地区の海岸線は数メートル隆起した。約100人が暮らす高屋地区は平地が少なく、住宅は海岸線と急斜面の山との間に並ぶ。集落に通じる道は3方向あるが、すべて土砂で断絶した。海岸線の隆起で船の出入りもできず、もし原発事故が起きたら、避難や機材、人員の増強は不可能だったに違いない。
「原発にとって脅威なのは、想定していない揺れが起きること。地割れや隆起が起きれば原発は持たない。能登半島地震は原発の危険性を突き付けた」と元原発設計者の一人は打ち明けた。言うまでもなく、日本は世界でもまれな地震、自然災害大国である。
1996年に京都大学原子炉実験所の助教・小出裕章さんは国学院大学広報誌の対談でこう語った。「日本が大事故を起こしたら、国家予算を全部つぎ込んでも足りない。科学技術が今の世代の人間にある意味豊かさをもたらしたかもしれないが、一方で人類滅亡の鍵をつくっている」「原子力の開発はうま味がある。個人ができる技術ではない。小さな町工場でもできない。そういう技術の宿命があった。もう少し言えば原子力は軍事である」「大事故はいきなり起きるのでなく、中事故が積み重なって起きる。その大事故につながる一歩手前の事故が日本でもどんどんたまっている」と指摘した。そして2011年3月、未曾有の福島原発事故が起きた。
「私が原発を止めた理由」
2014年5月、福井地裁の樋口英明裁判長が関電大飯原発3、4号機(福井県)の運転差し止め訴訟で運転を認めない判決を下した。
翌年4月には関電高浜原発3 ,4号機( 同)の再稼働差し止めの仮処分を出した。
樋口さんは2017 年の退官後、講演活動を行っている。茨城県つくば市では「原発反対の市民活動のおかげで講演会ができる。感謝しなければならない」と強調した。今年3月には、埼玉県鶴ヶ島市で「巨大地震でも原発は大丈夫? 」と題した市民団体主催の講演会で、原発とは何かを分かりやすく解説した。その一部を紹介する-。
「脱原発の障害は、原発は難しい問題だという先入観である。本質はシンプルで、冷やし続けないと暴走し被害はとてつもなく大きい。地震の時は核分裂を起こし、人が管理しなければならない。老朽化した原発を動かすという選択肢はあり得ない」
そして「原発に損得勘定は当てはまらない。東電の売上高は年間5兆円。利益率約5% として年間2500億円のもうけ。福島原発の損害は低く見積もっても25兆円。2500億円で割ると100。日本でも一流の超巨大企業の100年分の利益が飛ぶ。それが原発被害の大きさである。東電は事実上潰れて国有化されている。コスト的に引き合わないのは明らか」
続けて「東海第二原発( 茨城県)が福島原発と同じような事故を起こしたら665兆円と試算されている。国家予算は110兆円だから、6年分の予算が飛ぶ。我が国は確実に破産するのである」・・・。
その上で「無知は罪、無口はもっと罪という言葉がある。裁判官が差し止め訴訟を担当しながら原発の危険性を知らないことの罪は重い。危険性を知ったのにそれを告げないのはさらに重い罪。皆さんにお伝えするのが自分の責任である」と言った。
東日本大震災(3 ・11)の後、原発の運転を差し止めた裁判長は7人。反対に止めなかった裁判長は20人。この数字をどうみるか。「原発稼働反対」が意外に多いとみることもできる。全国の原発は現在17 あるが、珠洲原発計画と同じように52カ所の地域が原発に反対した。
被災地初の女川原発再稼働
10月29日には、宮城県の東北電力女川原発2号機が再稼働した。被災地での原発再稼働は初。13年前には巨大地震と津波で2号機
の外部電源の多くが失われ、地下の設備が浸水した。地元紙の河北新報は3月、女川原発再稼働について県内でネット調査した結果、反対44%で賛成の41%を上回った。住民の不安が置き去りにされたと言える。
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