コラム榎並利博経済

自治体の力量が問われる「自治体DX」推進

 押し寄せるDXの波のなかで、溺れないよう必死にもがく民間企業。一方、コロナ禍や社会の変化のなかで、自治体はこれまでの価値観を転換せざるを得なくなっている。DXで変革にさいなまれる地域社会を抱え、自治体は自らの自治体DX推進で何を考え、何を実行していかなくてはならないのか。ポイントは「価値観の転換」をどのように捉えるかだ。

韓国ソウル市明洞のある銀行窓口(金曜日の昼間)NPO法人EABuS 安達和夫氏撮影(2019年)

DXと民間企業

 「韓国の銀行が大変なことになっているぞ!」 友人から驚きの声を聞いたのはコロナ禍が起きる前、2019年のことだった。話によれば、ソウル市の繁華街にある銀行の窓口が金曜日の昼だというのに閑散としているという。写真を見る限り、窓口にもATMの前にも誰もいない(写っている人物は友人の同行者)。日本であれば人でごった返しているところだ。

 韓国では90年代後半に起きた通貨危機から脱するため、国策としてクレジットカードの利用を促進してきた。そのためキャッシュレス決済の比率が高く、2018年では実に94.7%に達している。日本はまだ29.7%だが、キャッシュレスが進めば韓国のようになっていくだろう。

 このようにデジタル化の進展で現金からキャッシュレスへという転換が起きてくると、窓口の事務員もATMも不要となる。そして店舗もいらないという流れになってくる。社会のデジタル化はビジネスのベースを現物からデジタルへと変化させ、既存のビジネス構造を転換、あるいは破壊してしまう。

 本来のDX(デジタル・トランスフォーメーション)の定義は「ICTの浸透が人々の生活をあらゆる面でより良い方向に変化させること」だそうだが、民間では誰もそのような穏やかなイメージで捉えてはいない。むしろ、「明日、自分の仕事が無くなるかもしれない」、「来年、会社が無くなるかもしれない」という危機感を抱きながらDXという言葉を使っている。

実際に、レンタルビデオチェーンの米ブロックバスター社はデジタル化の波に飲み込まれ、動画配信のNetflixの急激な成長とともにあっという間に経営破綻してしまった。フィルムのカメラが忽然と消えたことも記憶に新しく、勝者のデジタルカメラもスマートフォンの登場で急激な落ち込みを見せている。

富士フィルムとコダックがデジタル化への対応で明暗が分かれたのは有名だ。民間企業では、富士フィルムのように自ら変化していかなければデジタル化の波に飲み込まれ、消滅してしまうという危機感が高まっている。

自治体DXとは

 自治体DXという言葉は民間のDXとは異なり、コロナ禍で露見したデジタル化の遅れを契機に、デジタル化政策の抜本的改革の一つとして登場した。総務省の「自治体DX推進計画」によれば、自治体DXとは「住民に身近な行政を担う組織として、社会全体のDXを推進する役割を果たす」とあり、社会全体のDXとは「制度や組織の在り方等をデジタル化に合わせて変革」することとある。

つまり、自治体DXとは何か、各自治体が自分自身で考えて定義し、実行していかなくてはならない。総務省資料では、重点取組事項の最初に情報システムの標準化・共通化が掲げられている。自前のシステム開発・運用管理ではなく、政府が定める標準システム・クラウドを採用すべきという価値観の大きな転換だ。

これらを踏まえ、社会の価値観の転換をにらみながら、自らのDXを定義していく必要がある。しかし、どのように捉え考えていけばよいのか、先を見通せない正解の無い社会情勢のなかで自治体は悩んでいることだろう。

 過去のデジタル化にはそれぞれ夢があった。2000年以前の電子計算機の時代、事務のコンピュータ化で職員は転記作業などの単純事務労働から解放され、創造的な政策立案などの仕事ができるという夢があった。また2000年からはパソコンとインターネットが普及すると同時に地方分権一括法が施行され、自治体は中央から解放されて自律できるという夢があった。

 翻って、自治体DXの時代にはどのような夢が描けるだろうか。新型コロナやロシアのウクライナ侵攻など、価値観が大きく転換したり想定外の事態が発生したりする社会の中で、人々が希望を持って前向きに生きていけることが重要だ。

効率性・独自性の見直しなど従来の価値観の転換とともに、DXの波に溺れた人々の救済、個人情報の活用やデジタル・エクイティなどの考え方も必要となる。そこに暮らす人々が楽しく生き生きとするような、デジタルで地域社会が明るさを取り戻すことができる施策を望みたい。

(Kyodo Weekly・政経週報 2022年6月13日号掲載)

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筆者略歴

行政システム株式会社 行政システム総研 顧問

蓼科情報株式会社 管理部 主任研究員

榎並利博(えなみ としひろ)

1981年富士通株式会社に入社、自治体のシステム開発に従事。1996年株式会社富士通総研へ出向し、公共分野のコンサルティングおよび研究活動に従事。マイナンバー、電子政府・電子自治体、地域情報化・地域活性化に関する著書・講演等多数。2022年より現職。

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